もんしろ注:
この小説は、神無月様のHP『檻』でフリリクが行われた際にリクエストして書いていただいたもので、そちらで連載中のマフィアパラレルと同じ世界観で書かれています。
先の読めない展開でそのボリュームにかかわらず一気に読めてしまうとても素敵な物語ですので、ぜひ『檻』内の本編と合わせてお楽しみください。









 がしゃんと、大理石の床に仮面が落ちる。大広間に集まった黒衣を纏う仮面の男達は皆体を震わせた。
「ねぇ、僕言ったよね?これは見せしめなんだから、全員殺してって」
 黒い城の主たるイヴァンが問う。口元に笑みをたたえてはいるが、瞳は決して笑っていない。誰が見ても王は怒っているとわかるのに、落ちた衝撃で欠けた仮面の持ち主は衝撃でずれた眼鏡をなおし、赤くなった左頬を気に掛けることなく王を正面から見据えた。表情に怯えはなく、強い意志を持った瞳をしたまま。
「なのに逃がしたって何?他の子の話じゃ君が手助けをしたらしいじゃない?どういうことか説明してくれるかな?」
「あいつら殺しちゃっぐね。そう思っだけだべ」
 言い訳もせず自分の意志を貫き通す。オプリチニナの中で王に歯向かうことがどれ程恐ろしいかを知っているはずなのに、ベールヴァルドは媚びる様子は全く見せない。自分が正しいと思った事を実行する姿は、彼が以前別の組織にいたときと何も変わってはいない。それがますますイヴァンの機嫌を損ねていることに、彼は気付いているだろうか?
「……ねぇ君、ここで誰が一番か、分かってるよね?」
「おめぇだべ?」
「なら何で、僕の言うことを聞かないのかな?」
「俺は魂までおめぇに売っちゃいね」
 大広間の空気が一気に凍えた。ここまで王に面と向かって言った猛者は今だかつていない。他の者なら言った瞬間、曲刀で首を刎ねられる程の失言だ。けれどベールヴァルドの首が仮面と同じように大理石に転がる事はない。かわりに響いたのは、王の笑い声だ。
「あっはっはっは!ほんっと君って面白いよねぇ。さすがだよ!」
 ひとしきり笑うと、王は意見した部下の左肩に右手を乗せる。有無を言わさぬ程強く握りしめられ、僅かばかりベールヴァルドが呻いた。 
「覚悟は出来てるんだよね?」
「………」
 首を反らし、ベールヴァルドは一人心配そうに指を組んで胸に置く仮面の青年を一瞥する。仮面を付けていても、彼が今どれ程焦燥した表情を浮かべているかが想像できた。その背後にはイヴァンの親衛と言っても過言ではないメイドのナターリアが控えている。
「君が助けちゃった人数分、きちんと償ってもらうから」
「俺は悪ぃことさしちゃいね」
「分かってないね。悪い事だよ?命令に背いたんだから。ここにいる以上誰に従うべきかちゃんと理解してるでしょ?」
「………」
 碧の目が王を射貫く。言葉には出さないが、瞳は雄弁に彼の胸の内を語っている。
 好きでお前の組織にいるわけではないのだ、と―――
「君のいつまで経っても変わらないところ、好きだよ?」
 肩に置かれていた王の手が離れ、僅かにほっとしたのもつかの間。
「けど苛々する」
 短く告げるなり、手袋をした黒い手がベールヴァルドの白い首を掴み上げた。一瞬呼吸が詰まり、抵抗しようと行動に移す前にイヴァンの手は離れる。
 急に入ってきた空気に咽せるベールヴァルドを冷ややかな目で王が見下ろす。
「みんな戻っていいよ?それじゃあ行こうか、ベールヴァルド君」
 苦しそうに咳き込んでいるのもお構いなしに、王は腕を掴んで無理矢理立たせる。見ていられないとばかりにティノが駆け出そうとしたが、顔に近づけられたナイフと友の制止を訴える手に妨害され動けなくなった。
「ベール、さん……」
 床に落ちた仮面同様、自分に何か出来ることはない。いつまで経っても変わらない事実に、ティノは奥歯を噛み締めた。









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