久々に訪れたさわやかな陽気がなんとも肌に気持ちいい。揺れる日だまりに誘われるように、僕とスーさんは庭に出したテーブルでお茶を飲んでいた。
 机の上にはハーブティーと甘いお菓子。足下に絡み付いてくる花たまごを膝に抱え上げて、大きく伸びをした。
「あー気持ちいい!こういうの久々ですね!」
「んだない」
「最近寒い日ばっかりでしたもんね。日も短くなってきたし」
ここ数週間で陽が出る時間がぐんぐん短くなった。あいにくの天気もあり肌寒い日が続いていて、今日は本当に久々に訪れた、気持ちいい昼間なのだった。遠くからは鳥のさえずりが聞こえてくる。
 菓子を手にしたスーさんも、心なしか表情が柔らかい。
「ん。けども俺はオーロラの綺麗なよ」
言葉が不自然に途切れた。
「スーさん?どうしました?」
返事はない。彼はまるで僕の声など聞こえなくなってしまったように、僕の上の方をただじっと見つめる。
「スーさん、」
「随分楽しそうじゃねっぺか」
後ろからかけられた声。その忘れるわけもない声に、僕は凍り付いた。
 無理矢理振り向く。
 声の主がそこにいた。
「デン、さん」
「久しぶりだな」
突然の事にどう反応していいのかわからない。
 僕達と彼とのいざこざは、一応の終わりを見せたはずだ。しかしだからといって、気軽に訪ねてこられるような仲では決してない。いやむしろ。
 僕はとっさに立ち上がって、デンさんと向き合った。できるだけスーさんに彼の姿を見せたくなかったからだ。
「どうした?」
まるで子供にするように、笑いかけられた。
 この豪快な笑顔を頼もしいと思った時期も確かにあった。しかし今は、その屈託の無さに足がすくむ。
 それでも何か言わなくてはと口を開きかけた僕とデンさんの間に、陰が割り込んだ。
 広い背中。
「スーさん」
ゆらり、と。僕の鼻先に触れるほどの位置ににスーさんは立ちはだかり、僕の視界は遮られる。
「よぉ、スー」
「けぇれ」
返事の代わりに発せられた一言は、いつも低いスーさんの声よりさらに一段低い。そよ風が吹く庭を、まるで地を這うように響いた。
 その背中から溢れる威圧感にあてられたのか、花たまごが腕から飛び降りて、家の裏へ駆けていった。 
「何だよつれねぇな」
デンさんの表情を見ることはできない。でも、聞こえてきた声は至って平静だった。少なくとも僕にはそう聞こえた。
「ここは、おめが来ていい所じゃね」
「なんでだよ。もう戦いは終わったんだ、別にいいっぺ」
「よぐね」
「別に取って食いやしねって。どうしでっけどと思っただけだ」
「ほだらもう用は終わったろ」
「まあそっだな」
「じゃあけぇれ」
しばしの間。
「……ん、そうすっが」
そう言うと本当にデンさんは僕たちに背を向けて、立ち去ってしまった。遠ざかる事でようやく僕の視界に入った彼は、垣根の向こうに消える直前、振り返りもせずに手だけをひらひらと振った。
 彼が完全にいなくなり、初めて体の力が抜ける。結局僕は何もできなかったのだった。
「部屋、入りましょうか」
「ん」
まだ僕の前を動かない背中に向かって声をかけた。多分2人とも、このまま外でティータイムを続ける気分ではなくなっていた。
 テーブルに出ていた諸々をトレイに乗せて、スーさんに続いて玄関の扉をくぐった。手のひらでバランスを取っているトレイを落とさないように、器用に扉を閉めたのだが、
「おひゃっ」
突如強く肩を捕まれて、手からトレイが滑り落ちる。気が付いたら、後ろから抱きかかえられる形で腕の中に収まっていた。
 自由になってしまった手をスーさんの腕に添える。
「大丈夫ですか」
「……ん」
嘘だ。僕を包み込む腕が、力の加減を忘れていた。
「スーさんは強いです」
「そんなことはね」
「いいえ、強いです。僕なんかよりずっと」
「……、あんがとなぃ」








 結局その日の夜まで、突然の来訪者の話題が会話に上ることはなかった。僕達はいつも通りに夕食を食べ、いつも通りにテレビを眺め、いつも通りにベッドに入った。
 いつからだったか2つをくっつけ並べて使うようになったベッドの中で、スーさんが呟くように言う。
「フィン」
「何ですか?」
「デンは、なして来だんだろな」
それは。
 それはきっと、彼がまだスーさんの事を――
「僕にはわかりません」
「そか」
「そっち、行ってもいいですか」
「ん」
がさごそとベッドの中を移動して、自分のものではない体温を求める。至近距離に来た顔にこちらからキスをすると、スーさんは少し照れたような顔をして僕の頭を胸に抱き込み、頭の上に顎をのせてしまった。
 その仕草がまるで子供のようで、思わず笑みが漏れる。しかしそれを見咎められる事はない。


 静かな夜。
 結局スーさんは疑問の答を得る事はできず、僕もそれを口にすることはなく、ただふたり寄り添って眠りに落ちた。








(まだこわい)
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